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たわし画像
 新規デジカメの試運転として手近な物を撮影したのだが、なかなか不思議な画像が出来上がり非常に満足をしている。撮影したのは未使用のたわしで、パリッとした繊維がまだ残っている感じがきれいに写っているようで、感動した。

たわし
(クリックすると別窓で大きいサイズの画像が表示されます)

 パッと見、何が写っているのか一瞬分からないかもしれないけれど。
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by muzina-giku | 2011-01-31 00:32 | 日記でしかない
始めたら究めたいものじゃないか
 判子絵で良いとか、描きたい物だけ描いてりゃ良いと言いながら、結局は解剖学やパースの取り方などを少しずつ頭に覚え込ませている状態だ。そういう地味な知識をチマチマと身につけていくことが、短期的には進歩が遅いように見えても後々には間違いのない技術になっているという逆説的な感じ。

 四脚動物の図を描く時に、体の向こう側にある脚は見えていないから描くのに手を抜いてしまってもきっと分からないと思うのだが、きちんと骨格を考えるとちゃんと生えているように見えるし、説得力も増す。そういうのの積み重ねで絵なんて巧くなると思うのだが、それがキャリアの最初には理解出来なかったりするものだ。

 それこそ余計な知識は要らぬ、ただそれなりに巧く描ければいいとなれば、写真でトレースが早くて良いけれど、しかしそのやり方では構造的な部分にまでは気持ちが向かない。ついつい輪郭線ばかりをなぞることにもなるし、ゼロから絵を組み立てることについても経験値を貯められない。

 結局どこかで古典的なやり方で技術を積む必要が出てくるし、またそちらへシフトしてしまうとお手軽なやり方は封印することになってしまう。そうなれば絵を描くことを「単なる趣味」と言い切っていいものか疑問であるが、でもそれで飯を食う予定は無いのだからやはり趣味と公言しておくのが無難か。
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by muzina-giku | 2011-01-30 00:33 | 雑記
数の暴風
 アンケートの組織票ほど面白くないものは無い。広く意見を募って知りたいことを明らかにすることが目的なのに、それを根本から覆してしまい、本当に得たい情報が分からなくなってしまう。

 ああいう組織票に参加するやつってのは評価主義なんだろうかとも思う。統計に必要な諸々をブッ飛ばしてでも、思い入れのある物を上位に据えるというそれだけのために手間を惜しまない。そうやって一時は上位に立てるとしても、そこで本当の評価を理解しないことで、改善すべき問題点に気付くことができないだとか、天狗になってしまって向上心を失うなどの悪い影響でズルズルと沈んで行くことになる。

 だいたい組織票に加担するような連中は禄な物ではない。数の力でゴリ押しをするということは行動から明らかだし、そのような行動から表面的な数字にしか目が行かないことは想像出来る。

 だからと言って実害が出るほどでも無いので何をどうするという意見も無いのだが、しかし面白くないという気持ちばかりが脳裏をグルグルと回る。
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by muzina-giku | 2011-01-28 00:42 | 雑記
カピカピに乾いた海藻じゃないよ
 ふとした拍子に「完走わかめ」という言葉を思いついてしまう。特に意味は無いし、駄洒落としても大して面白くもないのだが、どうにも脳裏にこびりついて離れない。多分、極端まで考えないと気が済まないと思われるので、適当につらつらと連想を広げることにする。

「走」の文字があるからには、やはり足などの走行に用いる何らかの装置を持っていることは想像に難くない。海藻なので足が生えてトコトコ動き回るのはおかしいのかも知れないが、そこは母なる海・地球上に残された残り少ないフロンティアであるからには何が起こっても不思議ではないという方向で。

 そして何のために走るのか。生物の移動の目的の大きなものは捕食と逃走だが、単に走るだけではなく「完走」と断言していることに着目をしたい。「完走」であるからには、何か目的のある走行だ。まあ、ここは夢を大きく地球一周ということにしておこうじゃないか。

 もちろん、ただの誤字で済ませてしまっても良いけれど、バカは極端まで追求しないとただのバカになってしまう。こびりついた物がスッキリするぐらいまでは、バカであっても良いのではないか。
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by muzina-giku | 2011-01-27 00:18 | 気になる言葉
消耗戦
 アジア杯日本対韓国戦は、選手も消耗するが、観戦する方も消耗する。延長に入って、一旦は一点リードするものの、再び追いつかれるという展開だ。

 見ていてあまりに消耗するので、TVの電源を落とし、結果は明日の朝までのお楽しみにしておこうと思うのだが、そういうのは観戦の態度としてどうなのだろう。選手が頑張ってるんだから見る方も怠けるなと言う人間もいるのかも知れないが、睡眠を削り過ぎるのも良くないという考え方もある。

 まあ、あまり興奮し過ぎて休息が目減りすると、風邪を移された上にこじらせそうなので適当に寝ておくことにする。
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by muzina-giku | 2011-01-26 01:07 | 日記でしかない
見たくない物を見ないで済む権利は不完全なので、最初から見ないことにする
 TV画面にごく普通に映し出されてしまうけれど、よく考えるとトラウマものの映像というのがある。目にすると見ている方は背筋が不快感にゾクゾクしていたたまれないのだが、番組の流れとしては観客が南米のサルみたいな声で笑う想定となっているようなものだ。

 たとえば、免許を所持しているが運転の頻度が極端に少なく、とても運転の腕前が芳しくない芸能人に自動車を運転させ難易度の高い運転を強要するものだとかだ。ある程度運転の経験があると、車をこする感覚を思い出すだけでも鳥肌ものなのに、それを笑いの種とする、その感覚が信じられぬ。

 また、笑いという流れではないけれど、魚介類を生きたまま解体し、新鮮だと謳って喰らう番組も苦手だ。自分で魚を扱うことはあるけれど、その時の止めを刺した後の神経の伝記的な反応で大きく痙攣する動きというのはいつまで経っても慣れぬ感覚なのだが、それに類する映像を公共の電波に載せて「ほらまだ動いてる、新鮮ですねえ」とやる感性は対処に困る。

 これが魚介類でなく哺乳類では絶対に映さないのだが、生命としての括りとしては同じなのではないかと思わぬではない。殺すのが良くないというのではなく、殺すことに対する躊躇を感じない編集に対する疑問だ。オーストラリアで活け作り禁止の法律があるのだというが、その理由は何となく分からないでもない。

 ちなみにグレードの高い和食料理屋では、魚介類を活け作りにはせず、きちんと時間を見計らって活き締めする方が一般的だ。理由は単純で、その方が死後硬直の身の強張りが取れて身の弾力が良くなり、たんぱく質分解酵素の働きで旨味成分が増えるから。なので、殺した直後にピクピクしてるのを喰って、「うまい」と言ってるのはバカ。
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by muzina-giku | 2011-01-25 00:50 | 雑記
馬鹿は風邪ひかない
 今年に入って既に、家の中で医者に掛かっていないのが自分一人であるという事実。ここしばらく気温が極端であったため体調を崩すのは分かるのだが、それでも熱が38度を超えるような症状では、インフルエンザの疑いもあるので休日でも診察を受けなくてはならなくなるので、諸々辛い。

 結論として、インフルエンザは誰も罹ってはいないけれど、水疱瘡っていうのがいた。大人になって罹ると症状がきつい病気だが、それが全力で発症しているらしいので色々きびしいのである。伝染る病気なので外出も控えなくてはならないしな。

 今の所病気を逃れているけれど、多少は休養と栄養については考えておかねばならぬだろうし、気をつけるべきだろう。しかしこのように皆が病気を発症した後に何か症状が出ても誰も同情してくれないものな。
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by muzina-giku | 2011-01-24 00:37 | 日記でしかない
マヨと言えば
 調味料のマヨネーズのことを「マヨ」と省略して呼ぶことがある。なので「エビマヨ」と言えばエビとマヨネーズを組み合わせた食べ物であるし、「ツナマヨ」と言えばマグロとマヨネーズを合わせた物だ。

 その流れで行けば、「マヨ祭」はマヨネーズをたっぷり使った料理が大量に提供される祭になりそうなのだが、違う。祭と言ってもフェスティバルの方ではなく、むしろ世界の一部地域で行われていた伝統儀式としてのカルトの方だからである。

「マヨ祭(あるいはマヨ祭儀)」はニューギニアのマリンド・アニム族で過去に行われていた成人への通過儀礼と豊饒を願う儀式を同時に行う祭である。非常に性的な色合いを持った行為の後、女性を生け贄に捧げ、その肉を皆で食うのだが、当然というかキリスト教価値観を持つ西洋人の到来と共にその儀式は禁止されてしまうことになる。

 さすがに人が死んじゃう儀式を存続させるのは難しいのだけれど、儀式そのものの流れを文化人類学的に見てみることは興味深いことではある。そもそも人間の命に対する価値の感じ方は違うし、また死生観に転生の概念を含むのか否かで儀式に対しての理解の度合いは違うだろう。生け贄を捧げる文化が命を軽んじているのでは決してなく、むしろ価値ある物を神に乞うには同程度の価値ある物を捧げるとの論理で成り立っているのだと思うべきである。

 マヨネーズからは相当脱線したけれど、「マヨ」というと「マヨ祭」が頭に浮かぶことを理解してもらいたい。しかし、この手の文化人類学的な話を書くにしても、リアルには例の東京都の青少年育成条例に思いっ切りぶつかる内容なので、困ったものだな。
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by muzina-giku | 2011-01-23 00:53 | 雑記
猛暑から半年後
 猛暑でスギの花付きが良く、花粉の飛散量が増えるのであれば、春先のサクラも満開時にレベルアップしているのではないかと思って色々調べて見たのだが、むしろ猛暑時に木が弱って落葉したためにあまり期待しない方が良いらしい。落葉したせいで、秋に狂い咲きで早々に花を咲かせてしまった木も多く、その分春に咲く量が目減りしてしまっているのではという予測もある。

 ただ花はサクラだけにあらず、色々とどこに何が咲くのかということは押さえているけれど、それでも話題性ではサクラがトップクラスであろう。サクラ以前にウメやロウバイもあるし、サクラ以降はハナミズキもあるけれど、それほど話題にならぬ。

 平年と較べて気温が低いせいか、もう少し暖かくならないかとぼやいてみる。夏にはとっとと涼しくなれと願っていたはずなのに、まあ勝手なことだ。それでも体温を超えた気温では、冗談抜きに死人が出るのだが。
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by muzina-giku | 2011-01-22 00:28 | 雑記
字も書ければ、絵も描ける
 ちょっと思い立って「鉛筆の持ち方」でネット検索をしてみたら、何か宗教のように教育関係者が湧き出して、ちょっと怖い。大体の論調が「躾」「間違ってると恥ずかしい」「鉛筆が正しく持てると成績も良い」という感じなので、そういう幻想を前提にした物言いなのかと。

 鉛筆でデッサンをする人たちの間では、画材としての鉛筆の特色を活かすために、通常の筆記で行なう持ち方とは違う持ち方が何種類かあり、それらの持ち方では前述の鉛筆持ち方教の方々には張り倒されるんじゃないかと思う。それらの持ち方の理由として、筋目を見せぬように紙全体をグラデーションで塗りつぶすだの、筆圧の違う線で全体にトーンを付けるだのそれらしい理由はあるのだが、多分「教育に命を賭けている人々」には通じないのでは無いだろうか。だって奴ら、芸術に意味なんか見出していないんだもん。

 筆記用の鉛筆の持ち方では線がカッチリとして筆圧の強弱はつけにくい。また面を塗るというのにも向いていない。そのため、後々別の画材を導入する際の下描きとしては向いていると思うけれど、そういう段階を踏む絵の代表って教育関係者の大嫌いな漫画やアニメなのではないかと。

 用途が違えば道具の使い方が変わるのは当たり前のことではある。しかし鉛筆の持ち方に声を上げる人々なんかは、鉛筆を筆記意外の用途に用いることを端から想定していないような気がしたので。
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by muzina-giku | 2011-01-21 00:24 | 雑記

斬るものなんでもヤワラカ仕上げ
by muzina-giku
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