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師匠が走る
 なんでか知らないけれど、高校生時代ぐらいから自分の渾名は「師匠」だった。その渾名の最初の名付け親曰く、「なんか師匠っぽい」とのことなのだが、どの辺りが師匠っぽいのか自分ではよく分からない。でも、よく分からないながら、何となく定着してしまったような気がする。

 まあ、別の場所でも、渾名ではなく名前を呼ばれる時には「苗字に さん付け」というのが多くて、そういうイメージなのかとは薄々思っている。多分、第一印象は取っつきにくいのだ。

 そして、特に知り合いがいるわけでもない新しいコミュニティで、再び呼び名が師匠になっていた。呼ばれ慣れているので特に否定をする気合いは無いけれど、「何だよ、そんなイメージかよ」と、一人になった時に orz  何がよろしくないって、自分では自分自身のイメージが掴み切れてないんだよ。

 今年の年末は、何打か妙に忙しくて毎日パタパタ走っておったのだが、渾名が「師匠」であることを活かして、まさに師走だったのだなと思う。冗談抜きでピーク時に目が回った。平衡感覚を失い車酔いのような「目が回る」ではなく、やらねばならぬことの優先順位を考える際に混乱して思考能力が低下するタイプの「目が回る」であったが。
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by muzina-giku | 2010-12-31 23:18 | 日記でしかない
「ケ」が枯れるから「ケガレ」
 年明け準備ということなのだろうけれど、スーパーなどの食料品を販売する店舗で、御馳走ではない普通の食い物を売っていないので困る。今日12月30日は、年末のギリギリの日であるが、一応まだ普通の日なので「褻(ケ)」であり、晴れの日とは区別するべきだと思うのだ。

 また、そういう儀礼的な意味での区別も大事なのだが、アレルギー持ちの身としては普段食いつけない物を喰うと色々と体に症状が出てくるということもある。変なオードブルの盛り合わせなどで、色目の派手な食材に薬味のつもりで生のスライスタマネギがワサッと載っていると、俺死ぬし。

 仕方ないので、油揚げを大量購入して下ごしらえをし、すし飯を詰めて稲荷寿司を作って年末年始をしのぐことになる。日持ちしそうな点と、名称が寿司なので「目出度い」という理由からこんなことになってしまったようなのだが、なんだろうこの敗北感は。
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by muzina-giku | 2010-12-30 23:24 | 日記でしかない
卵は世界だ。生まれようと欲するものは(以下略)
 ゆで卵と比較して温泉卵は作るのに温度の調節が難しいため、あまり作ることはないのだが、魔法瓶の保温能力を利用して非常に簡単に作れるとの話を聞き、試してみることにした。

 熱湯と共に卵を魔法瓶中に入れ、一時間ほどの時間経過の後に取り出したところ、それはそれは見事なゆで卵が出来上がっていた。黄身が完全に火が通り切る直前の、固まってはいるけれどオレンジ色をわずかに残した理想的な半熟卵である。普通に鍋で時間を計りながら茹でても、こんなに理想的なゆで卵は出来ないだろうというぐらいの実に美しいゆで卵であった。

 しかし、目的は温泉卵だったはず。どれほど良い物が出来上がったとしても、欲しい物ではないという欲求不満は如何ともしがたい。なので、近く再挑戦の運びとなりそうなのだが、温度計とストップウォッチを用意しなければならんのかね。
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by muzina-giku | 2010-12-30 00:20 | 日記でしかない
斜めに読むから勘違い
 他人ん家の不倫騒動など、正直どうでも良いのだけれど、それに関する文章をネット上で目にしてしまうことがある。その時に心の準備として、あらかじめそれが不倫の話だという前情報が無い場合があり、そんな時には登場人物の頭文字「麻」「大」「山」の字だけを目が適当に拾ってしまい、一瞬「バカが大麻を山で隠れて栽培して見つかった」という記事に見えることがある。

 もちろんすぐに何のことやら理解は出来るけれど、「大麻山」の印象は非常に強くて、この誤認自体にはあまり腹が立たないでいる。最近、芸能人による薬物事件が頻発したから大麻ぐらいで驚かないということもあるけれど。ちなみに徳島県鳴門市には「大麻山(おおあさやま)」という山が存在しているのだが、こちらは大麻比古神社にちなむ命名であろう。

 倉田真由美のマンガ『だめんず・うぉーかー』では、駄目男の条件として「金」「女」にだらしなく「暴力」をふるうという3つの要素をあげているけれど、そういうのもこの不倫騒ぎにも当てはまるのだろうかと、興味は無いながらも分析してみたりする。

 そういえばバロネス・オルツィの連作短編ミステリー『隅の老人の事件簿』では、殺人事件の動機のほとんどは「色と金」と断言していた気がする。血の繋がりのある家族同士の殺人であっても、結局は金絡み(借金苦やら遺産やら)という話は多いのではないか。
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by muzina-giku | 2010-12-29 00:27 | 雑記
牛乳を飲むと眠くなる
 科学的な根拠は無いものの、牛乳を飲むと眠くなるという話が一部で信じられているらしい。一応、この現象に対してのそれらしい説明というのがあり、それによると含まれるアミノ酸が眠気を誘うとか、カルシウムが精神を落ち着けそれが眠気と誤解されているとか、様々な説となっている。しかし、結論的には「それらしい」というだけで、そんなに即効性があるとは思えぬというのが、落とし所のようだ。

 また、加熱してホットミルクにした物が眠気を誘うという説があり、そちらでは温めた液体が胃に入ることで一時的に体温が上昇し、その後下降することが眠りに誘われる身体状態であるとする。しかし、これでは牛乳以外の温かい液体ではどうなのかを説明しておらず、ちょっと弱い説明か。

 だが、そのように科学的には疑問符が多く付けられる「牛乳を飲むと眠くなる説」だが、自分の体ではそのような傾向が感じられる。ここしばらく少し意識して牛乳(ホットではなく冷たいまま)を夕食後に摂取しているのだが、摂取後しばらくすると猛烈な眠気に襲われている。たまたま年末の忙しい時季と重なっているから眠気と牛乳が重なっているように見えるのかもしれないけれど、しかし久しぶりに椅子に座ったまま寝てしまったので少し驚いているのだ。

 質の良い眠りによって、きちんと一日の疲れを眠りによって解消するという目的が達成出来るのであれば、迷信であろうと牛乳で眠るのもアリだと思う。しかし、もしかしたらこの「眠くなる」という現象がアレルギーか何かの一つで、急に血圧が下って気を失っているだけだったらどうしようと思っている自分がいるのも確かだ。
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by muzina-giku | 2010-12-28 00:38 | 雑記
敬称、略さない
 海洋学者でタレントでもある さかなクンに敬称を付け「さかなクンさん」と呼ぶべきという話がある。タレントとしての芸名に本来敬称の一種である「クン」がついているからおかしな話になってしまうのだが、だからと言って呼び捨てにする時には「さかな」と呼ぶわけではないので「さかなクン」がフルネームなのかなあ。

 言葉遊びとして「クン」「さん」の敬称を二つ重ねた状態が笑いを呼ぶということは理解しているのだけれど、この「さかなクンさん」の状態に真面目に怒る、冗談が理解出来ない人が存在するのも事実だ。それを受けて、本名の宮澤さんというのも誰のことかは分からないので困ったものである。

 笑いを取る場面ではない、しかし敬称を略したくはないという場面では、東京海洋大学の客員准教授であることから さかなクン先生と呼ぶのが順当な所かも知れない。少なくとも失礼ではないだろうと思うけれど、本心では「さかなクンさん」の呼び方も捨てがたい所ではある。

 ともあれ、学者としてのさかなクンさんは良い研究者であると思う。何よりも絵が描けるという点で自然学者としての大きな強みを持っているのだし。
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by muzina-giku | 2010-12-26 23:58 | 時事
ボーイ・ミーツ・ガールと呼んで良いのだろうか
 芸能人の付いた離れたなどという話はどうでも良いことなのだが、それでも突くと新たなる情報が小出しに出てくるので、ネタの少ない年末にはマスコミの格好の餌食になっているのだろう。最初の発覚がTwitterだったから、その点が少し目新しいだけで、つついて拾い集める情報はこのような場合にありがちなことばかり、必死にリアルタイムに付いて行くようなことではない。

 しかし個人的な疑問なのは、生活が巧く立ち行かぬ不満を下半身の欲求を満たすことで、本当に良いのかということ。その方面の欲求が非常に薄い自分にはよく分からないのだが、そこで欲求を満たすことで後々不都合が出てくる可能性があるのに、下半身の欲望を優先させてしまうという選択をなぜ選んでしまうのだろう。

「優先させる物は人によって違う」と言ってしまえばそれまでなのだが、禁欲していないと色んな物が欠落してしまうように感じてしまう自分にはその選択は遠い。むしろ目前の分かりやすい誘惑を回避して、後になってあーだこーだと蒸し返して悩んでいる方が金のかからぬレジャーだと思っているぐらいだし。

 あまりに過剰に満たされてしまうと、向上心が維持出来ないし、また下半身的に分かりやすい満たされ方もなんというか浅い気もする。
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by muzina-giku | 2010-12-26 00:39 | 時事
右脚左脚
 今日は楽しいクリスマスだが、うちにはサンタさんは来ないので関係ないのである。だって良い子にしてなかったからね。

 それはともかく、クリスマスのご馳走と言えば骨付き鶏肉ということになっているようだが、最近はあれを見ていると「皮、筋肉、骨、絵の資料になるかも知れねえなあ」という感じの、ある意味で末期な感慨を抱いてしまう。もちろん資料としては丸鶏を二本足で立たせてそれをじっくり眺める方が有意義であろう。そして眺め終わった後、大量の湯でじっくり茹で上げ、丁寧に肉を取り除き骨格標本にするのが理想である。

 その昔、食い物を扱う店でアルバイトをしている時、大量の骨付き鶏モモを天板に並べる作業をした。その際、肉の向きをそろえて並べる必要があって、ついつい「右脚、左脚」などと唱えていたら、その場にいた女性のバイトさんに「止めて」と言われてしまった。いままでモモ肉を鶏の肉体の一部などと意識していなかったのに、右左と言われることで地面を全力疾走する鶏の姿が脳裏に浮かび、生々しく感じてしまったのだそうな。
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by muzina-giku | 2010-12-25 00:06 | 日記でしかない
治すつもりが壊した
「角を矯めて牛を殺す」ということわざと、ロボトミー(前頭葉切除)手術、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』、東京都青少年育成条例あたりの話を混ぜ合わせる計画だったのだが、ロボトミーの話が非常に興味深くて調べる内に時間を取る。特にロボトミーの伝道師ウォルター・フリーマンについての逸話が、信じられぬレベルなのだ。

 精神科医フリーマン博士は、アメリカにおけるロボトミー手術の一人者であり、またその普及に精力を傾けた人物であるけれど、あまりに精力的過ぎてより手軽に手術を行えるように「アイスピック法」を開発してしまった人でもある。

 その方法は、電気ショックで気絶させた患者のまぶたを押し広げ、そこから眼科の骨をめがけてアイスピック(似た形状の器具というのではなく、アイスピックそのもの)をハンマーで打ち込むというもの。うまく骨を貫通しアイスピックが脳に到達したら、先端を適当に左右へと動かし勘を頼りに頭蓋内部の脳組織を切り離す。

 なんか乱暴な上に適当過ぎて「大丈夫か?」と疑いたくなるが、実際に状態が改善されることは稀であり、多くは患者が廃人状態となることが常だったというのだが、粗暴な患者が「扱いやすくする」という意味では人道的な見地はさておいて画期的だったらしい。しかし副作用が大き過ぎる上に、元に戻せないために現在では忌避される治療法である。

 治る治らないはともかく、脳味噌をグリグリかき回して壊す手術であるので禁止されるのも分かるけれども、ある時期これが精神疾患の画期的治療法であったというのが恐ろしい。しかも勘頼りっていうのが。

 恐ろしさではこれと双璧を為す施術として、トレパネーション(頭蓋穿孔)がある。こちらは頭蓋骨に穴を開けることでスピリチュアルな面での効果を期待する民間療法だが、バカが自力で電動ドリルで穴を開けるなどの方法で、スピリチュアル体験どころか自らがスピリットになる事故が多発するようである。
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by muzina-giku | 2010-12-23 00:35 | 雑記
読まないで書評しても仕方ないから読んでみたよ
 恋愛関係のアンケートなんかで、女性が男性に求める条件の上位として「優しい」というのがあるんだが、だからといって優しくとも恋愛がうまくいくとは限らない。たいがいは付き合い始めて三ヶ月もする頃の相手に対しての慣れも出てくる頃に「優しいだけじゃあ、ねえ?」と、刺激が薄れてきたことの理由を相手の優しさにあるとして、自然消滅的に恋愛関係が消滅するという事態に陥るのだ。

 そりゃあ結婚を前提に、起伏の少ない安定した人生を目的としているのであれば、つまらなくとも穏やかな人間を選択肢に入れておくことはあるのだろう。しかし、刺激を求めて激しい恋愛をしたいという向きには物足らないのは間違いない。

 上記のことを踏まえて例の斎藤智裕『KAGEROU』を評すると、「水嶋ヒロ君(はとても良い人だ著者名が斎藤某であること知っているがもう水嶋君で良いよね?)」ということになる。それもとびきりの良い人が本当に心を込めて一所懸命書いた生真面目な小説なのだが、しかし作品としては「真面目に書いただけじゃあ、ねえ?」なのだ。

 読書経験を重ねてある程度人間が擦れてくると、性格の悪い人の書いた底意地の悪い読み物を求めるようになるものだ。そこで求めているのは今までに感じたことの無い刺激でけれど、しかし提供されるのは小説の体裁を真面目に整えたというレベルの代物だ。

 個人的な持論として「良い人が小説なんか書いちゃ駄目」というのがあるのだが、水嶋君の場合はその持論にガッチリと觝触してしまうのである。良い人が「良い話」を書いてもワクワクしないのですな。せめて隠したきた悪意が抑え切れずに妄想世界で爆発させることになったとか、スケベな欲望を創作の領域で安全に解き放つだとか、そういう歪んだ要素の無い芸術など、創作の世界では意味は無いように思うのだ。

 ともあれ、歪みの無さにつまらなさを感じるのは読んでいる自分の問題なのかも知れない。変な物をたくさん読んでいるから、どうしてもそういうのと較べてしまうからね。しかし、この作品自体に歪みが無いという点は、著者自体が読書経験が浅くて変な物を読んでいないということなのだろうと思う。で、その読書経験の浅さという点が、彼が今後も創作活動を続ける気であるのならば、大きな欠点となる可能性はあるだろう。
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by muzina-giku | 2010-12-22 00:29 |

斬るものなんでもヤワラカ仕上げ
by muzina-giku
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