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見て分かる、らしい
 本棚を漁っていた時のこと。目的の物が見つからず、だいぶ深い部分まで掘削してしまった。ようやく見つけた時、辺りに広がるのは本の海である。
 とりあえず片づけようとそれらを見ていたのだが、その時に「ああ、オレの本棚だな」と妙な感慨を抱いてしまった。

 確かに本棚に並ぶ本を見れば、その人の性格が知れるとはよく言われる話である。事実、自分も他人の本棚を見て、そうしたものを読み取ってみたりしてきたのだし、またそれが結構本質をついていることも知っている。
 ただ、そんな方法を自分に対して行なってみたら、かなり斬新だったというだけのことである。

 自分の性格など自分でかなり理解出来ているつもりだった。その分かっている性格を前提に普段の行いも成り立っているし、それを疑いもしなかったのだけれど。
 そうした、普段から無意識に受け入れていたことを、自分の蔵書を眺めることで突然客観的な視点から思い知らされたような気分になったのである。うっすらとは分かっていたけれど、オレってこんな性格か。不愉快なわけではないけれど、何となく居心地が悪い。

 だから、自分の蔵書を晒す時には慎重にならざるを得ない。自分の性格を喧伝しているようなものだから、多少の恥じらいは必要だと思う。

 しかし世の中にはいろんな人がいて、本のみっしり詰った本棚を晒したくて仕方がないという人もあるようだ。どうも本を多数所持していることがステータスと感じているようで、どんな本をという部分には無頓着な人々である。
 そのような人々は本棚を気軽に見せてくれるのは良いけれど、詰っているのはタレント本や映像化された作品ばかり。なんというか単なるミーハー以上の物を見いだせず、本棚観察の観点からは非常につまらないことが多い。
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by muzina-giku | 2009-02-28 01:26 | 雑記
知識としては知っている
 いわゆる酩酊会見の影響からか、医薬品とアルコールを同時摂取することの危険性が注目されている。だがそういう話題、危険だという評価ばかりで、具体的にどのようなという話にならないのが回りくどいというか、のどに骨が刺さったようなというか。

 しかし具体的な話になったら、それはそれで余計な知識を無責任にバラまいているようなことになりそうで恐ろしい。
 一時期、習俗に対する興味からアンダーグラウンドな知識をやたらと調べていた時がある。その際に薬物濫用に関する知識を大量に拾ったけれど、それを開陳してしまうのはあまりに危険だとは感じた。
 処方箋が必要な薬剤を、本来の期待されている薬効ではなく、むしろ副作用を期待して飲用したり、行なうべきではない危険な組み合わせで服用したり。あるいは法律的には所持等が禁じられている薬剤と組み合わせ、ある種の効能を期待することもあるのだという。

 ただ、それらの利用法は、安全に対する配慮など一切ないので、容易にこの世とあの世の境を飛び越えてしまうことがある。精神的な意味での天国を体験しようとして、肉体も天国(いやいや地獄かも)へ旅立つというわけだな。
 どうも意識朦朧ばかりがクローズアップされているようだが、最悪死に至ると言うことは強調しておかねばならんだろう。

 本当は具体的な固有名詞を出した方がわかりやすそうだが、そうやって挙げた単語を用いてネット上を検索し、非合法な情報へと辿り着く人間が出ても嫌だ。昨年の、ある種の家庭用洗剤と浴用剤の混合物のように、ニュースで報道されたことで一気に広まるという現象を繰り返すのもよろしくない。
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by muzina-giku | 2009-02-27 01:24 | 時事
でっかい声で何か叫ぶ
 ある時代、青少年であった我らを指導するのはアメリカかぶれの大人たちであった。
 彼らは何かにつけ「アメリカでは自分の考えを言葉にして主張しなければ何も伝わらない。黙っていることは存在しないことと同じ」などと言い、自己主張の重要性を我らに擦り込もうと必死になっておったのだ。
 そうした自己主張教にさらされ、今よりはずっと素直で疑うことを知らぬ自分などは、主張するための中身と技術を恥ずかしくない程度には育てておかねばならぬと必死になっておったものだ。もちろんアメリカ人っぽく主張するために、英語もだいぶ頑張ったよ、と。

 だが大人になった時、周り(特に年寄り)が若造に要求するのは従順さと空気を読む技術であると気付いた時、騙されたような気持ちになったのだった。自己主張するやつは偉そうで生意気なんだと。
 でも全員が従順だと社会は動かないので、一部の声が大きい権力者がどちらへ向かうのか指し示すのだそうな。で、みんなで寄り集まって声のデカイ馬鹿者に付き従い、滅びの道をまっしぐら。

 世の中がそんな仕組みなのに、見当違いの技能を身に付けさせられたのは何故なんだろうな。そして、周囲がおそろしくもクリアに見えているのに、馬鹿と運命を共にしなくてはいけないこの状況も何なのだろうな。
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by muzina-giku | 2009-02-26 00:39 | 雑記
表現力
 何かを表現するためには、それを支えるための確実な技術が必要だと思う。細かい細工をするためには道具を的確な位置にあてがうことが必要だし、絵を描くには正確な描線を用紙の上に描くことが大切である。

 表現には「何を」「どのように」顕在させるのかが重要なのであるが、それらが両輪のように揃ってこそ初めて優れた表現になりえるのである。片方だけでは、注目すべきという程度までは評価されるだろうけれど、何かが足りないために後世に残るまでの力は持ちえないだろうと思う。
 よくある失敗の例では、着眼点は良いのだが技術が無いために核となりうる部分を強調しきれず散漫な物が完成されるとか、技巧的には非常に巧いのだがテーマが凡庸だとか。

 ただ、世界を変えうるほどの大きな閃きが、そうそう人間の頭脳へと降ってくるわけではないので、それを待ち続ける間に出来ることといったら技術の修練ぐらいしかない。だから修練は重ねるのだけれど、その技術を生かせるだけのアイデアがいつ降ってくるのかは分からぬし、またいざ降ってきたとしてそれを表現するのに正しい技術を身に付けているのかも不確定である。
 もしもその瞬間に全てが間違った修練であると知ったのだとしたら、そこまでの時間は無駄になってしまうのだろうか。残ったのは生かしようもない、無駄な技術ばかりである。
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by muzina-giku | 2009-02-25 00:14 | 雑記
経済活動か
 何かのはずみで『カンブリア宮殿』を最後まで見てしまったのだが、それなりに面白かったよ、と思う。衛生用品のユニ・チャームを特集しており、新製品として開発している採尿ロボットなんかは、そういう経験がある身には少し訴えかけるもののある商品だった(間に合わなかったが)。
 まあ莫大な収益を誇る大企業の話題だったのだ。かと言って、そのやり方を真似しても、全てが同じように成長を望めるわけでもない。おそらく放送しきれないような勘所という物が存在しているのだとは思う。しかし不況だからとシケた話題を垂れ流すよりはマシだろう。

 さて、そういう番組を見ていくらか感じる所はあったのだが、それよりさらに強く心を揺すぶられたのは来週の予告である。
 予定では、自動車会社のスズキ。他の自動車会社が軒並み歴史的な大赤字を発表している中、3月期決算で黒字確保の見通しである。小型車や軽自動車は不況の時に強いらしいのだが、景気の悪いニュースの多い中で黒字なのは素直な感想すごいと思う。

 景気の話題は、正直「気」の要素が強いと思うのだが、なぜだかこの「スズキ黒字見込み」のニュースが、目立つ所でそれほど取り上げられないのは何故なんだろう。
 他方で「グローバルな販売戦略」で押していた企業が、グローバルな金融危機にまともに巻き込まれてエライことになっていることはやたらと報道するのだがな。
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by muzina-giku | 2009-02-24 00:48 | 時事
塊を育成?
 何か大きな塊が心の中でモヤモヤしている。別に不健全な物ではないのだが、それがどうも大きな物であることが分かるだけで、具体的に完成形にならないことが困る。

 日本の産業界を代表するような大手製造業の企業が、軒並み業績を悪化させているのを見ながら、質量を伴う形を売ることには限度があるんじゃないかとボンヤリ考えていた。そして、だったら形のない物を売ればいいのにと、何の脈絡も無く思う。
 そんな妄想のようなこと、ほとんど意味のないアイデアに過ぎないのだが、その「形のない」を付加価値だとかコンテンツという言葉に置き換えたら、何かそれっぽいことを言っているように思えてきた。

 ただ、形のない物といっても、原材料は不要なのかもしれないが、しかし産みの苦しみは存在していて、それに見合うだけの報酬が得られるのかという問題はある。また、いくらゼロに近い物から価値を創造するとはいっても、全ての人間にその才能があるのかという点も。

 一昨年から去年の前半にかけてケータイ小説なるものが非常に流行したのだが、そのブームが現在非常に冷え込んできていることも何か暗示的である。文章で表現することは非常に手軽な方法であるのだが、だからこそ多くの似たような表現から一歩先に抜け出る方法を模索せねばならないのだ。そのための労力を惜しんで似たような物を粗製乱造するのは、結果としてジャンル自体を枯らすことになってしまったのだろう。

 今抱えている塊も吐きだす気になれば、小出しにして外に出すことは出来そうだが、もっと大きな塊に育ててみたい気もする。だが、そんな大きな塊が自分に扱いきれるのか、自分の実力がいかほどなのか分からないのが一番の悩みどころなのだ。
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by muzina-giku | 2009-02-23 01:09 | 雑記
こういうのが世代間の差なのかも知れん
 言動を見ていて「この人の人生のピークはバブル時代だったんだろうなあ」という人っているね。言葉の端々にバブル再びという願望がちらちらと見え隠れするのである。

 そういう人に地方レベルの経済を語らせると、「お祭り」をいくつも開催して他地域から人間を呼びよせようという展望を口にするのである。
 いやはや、今の時代に観光産業とは。抑える部分をきちんとしておけば駄目な発想でもなかろうが、ただその手の人々がその具体的なことを理解出来ているとは到底思えない。バブルの遺物のような人々はただ、お祭り騒ぎで人が呼べると無邪気に信じているだけなのじゃないだろうか。

 しかし今のような経済状況で、どれほどの人間が実のない大騒ぎに金を出そうと思うのかと、いくらかの疑問を感じる。どうせ金を出すのなら、未来への投資に繋がるようなものがいいし、投資先も自分の技術とか知識とか、そういう実利的なものが良いよなあ。
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by muzina-giku | 2009-02-22 00:32 | 雑記
迷信を種に、嘘をつきたい
 迷信は信じない性質だが、迷信を集めることは好きなのだ。一見、信じ難いようなことでも、適当な理屈を付け加えてそれらしく説明するのはもっと好きかもしれない。しかし、こういう「適当な説明」というのも度が過ぎると、むしろ嘘に近くなってしまうので自重すべきであるのだが。

 今まで聞いたことのあるそうした迷信の中でも、特に眉唾物なのが「水玉模様が流行ると景気が悪くなる」というもの。たしかにバブル経済が終了した際には、直前に水玉模様のネクタイなんて物があったのだが、たぶんタイミングの問題だと思われる。
 まあ、これなどは景気悪化の時にたまたま直前にブームになったものが槍玉に挙げられているだけに見えるのだが、こうしたものに妥当な理由をつけたら面白いのではないかと思う。

 例えばこんなのはどうか。
 景気の良い時にはブームが目まぐるしく変化し、それに対応するためにはものすごいスピードで新しいアイデアを出し続けなければならない。しかし、人間の思考能力がその速度について行くことが出来なくなる日がやがて訪れ、そうなると水玉模様のようなシンプルで定番だが、デザインと言い張るには野暮ったいものでも最前線に投入されるとかなんとか。

 ほとんど論としては捏造なのだが、もう少し専門用語やら、横文字を多めに混ぜて展開してみればそれらしく聞こえるのではないか。こういうのを欲や悪意を込めて行なえば、もうちょっと自分の懐が暖かくなっているのかも知れないが。



 嘘をつくついでに、少しだけ追加情報を。今回の金融危機の直前には、水玉ではなくチェック柄が流行っていたのだが、これもネタ切れに困った揚げ句の定番デザインということで、水玉・不景気説の補強材料に出来ないだろうか。
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by muzina-giku | 2009-02-21 00:54 | 雑記
気持ちが負けている
 その昔、「小京都ブーム」というものがあった。
 歴史的に京都と何らかの関わりがある市町村が、そのことを観光的な資源とするために自らを「小京都」と名乗り、人々の耳目を集めようとした時代のことである。

 京都は、長らく都が置かれ、そうした意味では歴史のある地域である。そのため、歴史を持つ名所も多く、人気のある観光地でもあるのだが。
 その京都にあやかって「小京都」を名乗り、歴史的な側面をアピールしようとした市町村が、たいそう多かったのである。しかしそのブームは一過性のものに終わり、今では「小京都」の看板を掲げてもかつてほどの輝きを感じることはない。

 個々の事例を見れば、面白い由来や歴史が存在する史跡もあったかも知れない。しかし、初めから京都というその筋での観光地に名前を借りて、自分の所の価値を上げ底しようという魂胆がなんとも貧しい感じではある。
 そういうのを「寄らば大樹の陰」「虎の威を借る狐」と言うのだろうが、そもそも気持ちの上で京都というビッグネームに負けているのが敗因なのであろう。

 似たようなのでは、チルドレンとかファミリーなんていうのもそうした例ではないだろうか。中心に耳目を集める中心人物がおり、その周りに小物という図である。
 そうしたやり方ものし上がるには悪くないだろうが、いずれ親玉を乗り越える気概がなければ、最終的にただの取り巻きで終わってしまいそうだ。
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by muzina-giku | 2009-02-20 01:00 | 雑記
紙のメモを
 最終的にはテキスト・データに仕上げてしまうけれど、最初の発想の時点では手書き。
 初めから機械で文章を作ると、途中の変遷の過程とか最初の雑な発想などが、仕上げる過程で消えてゆき妙に綺麗になってしまうのが嫌なのだと思う。後日に思考の残滓を読み取ろうとしても、試行錯誤の痕跡が消え去ってしまっているので、えらく大変な作業になる。その時には捌ききれなかった発想の元が、後々になって発展してくることもあるのだが、そういうのが拾えなくなっているのは非常に困る。

 だからこそ、手元にメモを取るための何かが欲しいのだが、適当な物が無い。究極のところ、「紙と鉛筆」であるが、紙のほうに使いやすいと感じるようなサイズが無いのが悩みどころである。
 システム手帳のような、中身が差し替えられるバインダータイプも使ってみたが、厚みがよろしくない。ブロックタイプのメモ帳は紙がばらけるので却下。
 で、なんとなくクリップボードにメモ紙を数枚挟んで持ち歩いていたんだが、それでもクリップボードは希望のサイズからすればちょっとデカイ。そして居酒屋の注文聞きっぽくもある。

 そして色々と考え続けていた結果、「普通のノートを自分で切ったら良いんじゃないか?」という天啓を得る。
 ばらけないし、大きさも自分で決めりゃいいし。下敷きが欲しいところだが、そういや良い厚みのプラ版があったような気が。
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by muzina-giku | 2009-02-19 01:11 | 日記でしかない

斬るものなんでもヤワラカ仕上げ
by muzina-giku
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