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噛ませろ
 最近は刺激が足りないからと、噛むことで刺激を補おうとグミ・キャンディを求める。しかし、どういうわけだがフニャフニャと柔らかく、なおさら不満をつのらせる。

 昨今のグミ・キャンディは、噛み心地よりも「コラーゲン配合」や「ビタミン増強」のようなサプリメント的効果を期待した製品が多く、「固いので長い時間噛んでいられる」といった咀嚼作業に特化した製品は少ないような気がする。
 そうしたわけなので、次からはグミ・キャンディを買う時は固さを確認するために袋の上から揉んでいるかも知れない。しかし、糖衣をかぶせた製品では揉み過ぎると糖衣がはげてしまいそうだ。
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by muzina-giku | 2007-07-31 23:53 | 日記でしかない
「う」は、ウーロン茶の「う」
 土用の丑の日にはウナギに限らず、名前が「う」で始まる食べ物を喰えと伝えられているそうだ。古来から伝わる風習というわけではなくて、ウナギのような脂っこい食べ物を好かない人に対して便宜的に作られたインスタント風習であるらしい。

 しかし「う」で始まる食べ物としてウリや梅干しなどは分かるのだが、ウインナーやウシノシタ(舌平目の一種)ウエハースなど、別にいつ喰っても良いようなものもリストアップできる。
 さらにウォツカやウィスキーなど、食べ物のカテゴリに入れるのは疑問だが、口に入るから良いのではないかというアルコール類も加えてしまった日にはむしろ身体によろしくないのではないか。

 だが猛暑には「飲まなきゃ寝てらんねえ」という夜も多々あるわけで、そう考えるとどこでバランスを取ったら良いのかという話なのかも知れない。
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by muzina-giku | 2007-07-30 23:47 | 日記でしかない
水清き泉にドジョウは滅ぶ
 真面目で正論を言っているのは良いが、それが伝わってこないということはある。何というか中高生ぐらいで生徒会に所属している優等生が、「努力」「一日一善」と叫んでいるのをふーんと聴いているような感覚だ。
 自分の好みに合わない活動であるからと、妨害するようなことはしなかったが、真面目なやつらが必死になっている横でサボっていることを叱られない程度に手を貸す程度であったが、それでもうっすらと白けた気分は感じていた。

 ここ数日間の選挙活動とそれを扱った報道を見ながら感じたのはそれに似た気分であった。候補者や応援者は実に立派なことを言っているが、立派過ぎて現実へと引きつけて考えることが出来ない文章の数々。
 おそらく立派な御言葉は、選挙運動中にしか聞けない限定商品であるが、その売り言葉に似合った内容を補償しているかどうかは別問題である。

 何かが変わって欲しいという期待はあるものの、結局は選挙後の処理が一段落すれば、見知った面々がまた国政を動かすことになるのだろうとも思う。面子の入れ替えはあるだろうが、それを操っているのが派閥であるのだとすれば。
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by muzina-giku | 2007-07-29 23:11 | 時事
危機管理能力はいずこへ?
 家庭では普通飼うことの出来ない野生動物を、プレハブ住宅でタレントに買わせてみるテレビ番組の企画がある。それを見た視聴者が興味を持ち、最寄りのペットショップに行って「チーターは売ってますか?」と質問したとかしないとか。

 この番組は嫌いだが、今日は特番だらけだったためか家族がやたらとチャンネルを変更しまくり、見たくもないこの番組を一部見ることになってしまった。

 恐竜好きを称する馬鹿な女子が、コモドオオトカゲの生息する島へ向かいそれらの動物と触れ合うという企画であったが、非常に不快なものを感じた。安全への配慮のため、コモドオオトカゲへの接近を禁じる現地レンジャーの制止を振り切りオオトカゲに触れようとする馬鹿者である。あごの筋力が強く足の骨を噛み砕いたという前例もあり、また口中には雑菌が繁殖しており、噛まれると敗血症を起こし数時間で命を落とすこともあるという。
 また、無闇と「恐竜の子孫」という言葉を使用していたが、恐竜とオオトカゲ属には系統上の直接の繋がりはなく、この言葉は誤りである。むしろヘビの方が、共通の祖先から分化したと考えられ、生物学上では近い仲間だと考えられている。

 そして申し訳程度にコモドオオトカゲの食事風景を放送していたのだが、小さくカットした肉片を与える映像では馬鹿女子の馬鹿さ加減が視聴者に伝わりにくいのではないかと思う。
 以前、数頭のコモドオオトカゲがヤギ一頭を奪い合う映像というものを見た事があるが、曖昧に表現するとゾンビ映画のようであった。強力なあごで掴みやすい場所(四肢や頭部)をくわえ、力任せに好きな方向へ引っ張るという方法で獲物を小さく千切っていた。撮影用なのでヤギは生きてはいなかったのだが、コモドオオトカゲたちにはヤギの生死は関係のない模様。それに比較するとネコ科生物は一撃でとどめを刺してくれるので、より慈悲深いといえよう。

 ものすごい殿様ルポ(女子なので姫様ルポか?)という感想である。
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by muzina-giku | 2007-07-28 23:23 | 時事
月明かりで光るもの
 コンビニおむすびが月明かりの下で光り輝くという説を聞く。当ブログの常として単なる噂であり、真偽のほどの知れぬ話である。
 どうやら工場で製造された食品には添加物が含まれており、そのような物質の中にはうっすらとした月光のもとで燐光を放つような蛍光物質も存在するという文脈らしい。

 インスタント食品やファーストフードを信用しないという気持ちは分からないではないのだが、この話にツッコミを入れるためには、おむすびにどのような食品添加物が含まれているのか分からぬことにはどうしようもない。
 白飯のテリを良くするための食用油と、食中毒菌の繁殖を抑えるためのph調節剤くらいは分かるが、どちらも光りそうにはない。おむすびを光らせるのにはどのような添加物が含まれていればいいのか、また添加されているとしてその物質がどのような利益をおむすびにもたらすのか、そういうことを考えねばならないだろう。

 ただ、そうしたおむすびの添加物について考えることよりも、「月明かりを頼りにコンビニおむすびを食べる状況」というのがいかにして成立するのかが気になる。
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by muzina-giku | 2007-07-27 23:17 | 雑記
おそろしい写真
 毎年この季節になると定番だったTVでの心霊写真特集番組が、ここ数年減ってきているのはデジタル・カメラの普及が原因なのかも知れない。撮影したは良いけれど、フィルムカメラと違っていちいち全ての画像をプリントすることも少なくなったし、ディスプレイで詳細なチェックをする人間も少ないのだろう。
 逆にデジタルの特性を生かしてフォトレタッチソフトで作るのも簡単だろうと思うが、そもそも存在が稀になってしまったことでメディアに取り上げられる機会も減り、コミュニケーションの種としてもあまり食いつきの良いエサではなくなってしまった。

 そんなわけで今や絶滅が危惧されている心霊写真なのだが、それでも少ない機会にその手のものを見るといくらか考え事の種となるのは確かである。例えば「霊的なアプローチ」と「写真撮影の技術論」、いずれの方法で語った方が心霊写真を理解できるのか、といった具合である。
 少なくとも「霊」と断じて写真を読み解く方法には決まり切った定型がある。霊の種類(浮遊霊・地縛霊など。富裕霊・自爆霊と変換されたのはここだけの内緒だ)、その性質(善悪)、霊の伝えるべきメッセージ、といった具合に。あまりにパターン化され過ぎていてウンザリするほどだが、それでも霊的な方法が好きな人間はこの説明を聞かなければスッキリとはしないものであるようだ。

 一方で霊の話が死ぬほど嫌だという一派がおり、そうした人々によって心霊写真が撮れてしまう条件について研究がされている模様。しかし、純朴な人々にはウケが良くないためか表立った活動を見る機会は非常に少ない。
 心霊写真という存在から「霊」という空想の働く部分を取り去って何が面白いのかと言う意見もある。しかし技術的なアプローチによって、プロではない一般の人々がいかに無造作に写真を撮影しているのかは理解できるようになる。
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by muzina-giku | 2007-07-26 23:34 | 時事
結論不要
「序論・本論・結論」でも「起承転結」でもいいが、思うにかつての作文教育の悪影響を受けて「文章に落とし所をつけなくてはならない」と思い込んでいるのでは無いかと思う。

 一ブログ書きのオレが、何を気にしているのか分からないのだが、毎日の記事を書く時になぜか知らないが「結論のようなもの」を書き足しているのが考えるに非常に不潔に思えた。
 言ってみれば自分ための覚書のようなものを、ダダ漏れにしてネット上に流しているだけの文章である。そんなものをなぜ文章としての体裁を整え、教育の場で求められるようなきちんとした結論をつけるような、まるで読者の目を気にするような作文法を実践しているのか。



 考えてみればブログなどというものは読まれてはいるが、毎日欠かさず見てもらえるわけでも無い。下手をすれば、たまたま検索に引っ掛かり、その関連する記事だけが高頻度で読まれているだけで、他のコンテンツの8,9割は存在しているだけという状況なのかも分からない。
 自分を振り返ればやはり、検索で引っかかったブログを、関連するところばかりは読むのだが過去ログまでを精読することは少ないと思う。

 連続ドラマやアニメ、漫画など媒体は何でも良いのだが、注目をしていなかった作品が、途中で一回だけ神懸かり的に面白い回があり、それから毎週の放送なり連載なりが待ち遠しくて仕方がない。それと似たことはブログでは起こりにくいのではないか。
 細かく更新を繰り返して読み捨てられていく、あるひとつの記事が面白くても過去のものまでさかのぼって読まれることのない媒体であるブログには、結論をわざわざ毎回つけることは不要なのではないかと思う。
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by muzina-giku | 2007-07-25 23:47 | 時事
チコシュッシュ・ホールド
 チコシュッシュ・ホールド。まるで旧ソビエト連邦・構成国出身のプロレスラーが持っている必殺技のような名称である。
 しかし、これは英語にそれほど堪能でない年配の人間が、ネコの品種である「スコティッシュ・フォールド」を間違って覚えたもののことらしい。確かに「ティ」とか「フォ」の発音は日本語には無い音であるため、音が近くもっと日本語の中に存在している音に置き換えられてしまうのであろう。

 外来語を不得手な人が、自分の覚えやすい形に単語を無意識に変形してしまうことは、数多くの例がある。例えば「シミュレーション→シュミレーション」のような。
 そういう間違いを嘲笑することは簡単なのだが、意外に気付いていないだけで自分自身も同じような失敗を犯していないとも限らない。

 しかしスコティッシュ・フォールド(略して「スコ」と呼ぶことも)を「チコシュッシュ」に変形してしまう例は、音的には非常に可愛らしくて、個人的には好感を覚えているところである。
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by muzina-giku | 2007-07-24 23:34 | 気になる言葉
ダイジェストしか知らない
 ある漫画の影響でクラシック音楽が静かなブームなのだそうだ。だが、そういうライトな興味から入ってきたクラシック・ファンというのは、作品をダイジェストでしか聴いたことがないそうで。
 たしかに交響曲のような、演奏時間が1時間以上かかるのがザラという音楽をいちいち全部聴くのは大変だとは思うが、それでもベートーベンの第9番みたいに広く知られているのは第4楽章だけという扱いは納得いかない。まるで「ショートケーキに必要なのはイチゴだけ」と言っているようである。

 長いものは短く切ってより多くの人間に受け入れやすい形で提供した方が裾野が広がるという考え方もあるのは確かである。だが、長いものを長いまま観賞して、記憶の仲に丁寧に刻み込むという方法もあるのではないかと思う。

 それにしても、ドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』や、ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』などのように、全部聴いてこそ価値(そして意味)のある曲までも、短く切ってダイジェストにしてしまうのはどうなのかと思う。『新世界より』の第4楽章もかなり有名なメロディだが、ダイジェストでは全国の小学校などで帰宅時に校内放送で流されている第2楽章が選択されることが多い。
『展覧会の絵』も冒頭の『プロムナード(遊歩道の意味)』は頻繁に聴くが、その他の部分は説明もなくBGM的に流されてしまう。『バーバ・ヤーガと鶏の足の上の小屋』などは非常に好きなのだが、身近ではタイトルを聞いてもどんな曲か思い付かない人間が多くて非常に悲しい。
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by muzina-giku | 2007-07-23 23:42 | 音楽
悩みは世につれ、世は悩みにつれ
 技術革新によって発生する新たな人間関係上の悩みがあるのだという。

 ここに親友同士の二人の女子高生がいるのだと思って欲しい。彼女らは二人ともが携帯電話を持っていて、プライベート時間にはメールのやり取りを繰り返している仲である。
 あるとき彼女らのうちの一人が新しい趣味に目覚めてしまう。その趣味の名は「自作小説の執筆」というもの。当然のことながら、彼女は普段もっとも使用する文字入力の道具・携帯電話を使って小説(らしきもの)を書き始めるのであった。

 書いたからには読者が欲しいということで、彼女は親友にその小説をメールという形で送り付ける。「感想、お願い」の言葉付きで。
 ある程度、本を読む人間には分かると思うのだが、人に勧められた小説が自分の嗜好に合致するかどうかは運の要素が非常に強い。プロによる文章ですら、好みに合わないという理由で途中で放棄することも多い昨今、親友の書いた小説だからといって小説執筆の第一歩に過ぎぬ文章を面白いと感じるかどうか。技術的には未熟で、ストーリーは他人に読ませるという意識すらない好きなシチュエーションを並べただけの代物を、「親友が一所懸命に書いたものだから」との理由だけで読み通せるものかどうか。

 もしかしたら5年後には化けるのかも知れないが、それまで親友は素人小説家の文章を読み続けなくてはならないわけで、その対処はどうしたら良いのだろう。
 一応の回答として「そんなに書けるなら、いろんな人に見てもらうためにホームページ(ブログ)でも作ったら」という物が用意されているようである。
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by muzina-giku | 2007-07-22 23:47 |

斬るものなんでもヤワラカ仕上げ
by muzina-giku
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