傲慢の罪
 被害が大きかったことにより、それまでに成されてきた地震対策をことさらあげつらう人々が出現することは理解できるのだが、しかし彼らはただあげつらうばかりで未来に為すべき新たなる対策について一言も言及しないのが非常に胸くそ悪いのだ。言葉は悪いのだが、死体をうずたかく盛り、その上で仁王立ちをしながら周囲に向かって「おまえらバカじゃねえの?」と叫ぶ人を見ているような気分になるのである。

 誰かを批判するのであれば、どこが誤っていているかを指摘し、さらに正しいと思われる意見を述べてそれを発展させてゆく。そういうのが、やや理想論に過ぎるかもしれないが、あるべき社会の姿であると思う。

 それを「天罰」などと科学的合理性の感じられぬ言葉で説明したり、「間違った避難訓練」などとこれまで善かれとして行ってきた対策を全否定するような発言をする輩の精神が理解できない。

 少なくとも、政治家が「天罰」などと、神仏が人の世に介入するかのごとき発言をするのは好ましくはないだろう。ここが人間が生活する世界であるならば、世界を改善するのは人間の力によって成されなければならぬし、そしてまた改善する業務を行うために政治家は選出される存在である。仮に大いなる存在が下々に罰を下すことができる存在であるならば、同程度に恩寵をも垂れる存在であって然るべきであり、そのようなことが横行するようであればもはや政治家の存在などは不要であろう。ただし、何かが絶え間なく天から降ってくるような世の中は個人的には勘弁して欲しいものだが。

 ともあれこのような時節に自分の主張ばかりを声高に主張する人種の、精神的な問題点は理解しているつもりである。キリスト教世界での「七つの大罪」の一つである「傲慢」や、仏教で「六煩悩」のうちの一つ「慢」と呼ばれる物であろう。これらは自分の価値を高めるために他人を貶めたり、自分の能力を過信して道を誤ることにつながる。こうした傲慢な人々の望みは、苦しみのうちにある人を助けることではなく、むしろ彼らのエラそーな態度に人々がひれ伏すことなのだ。

↑そんな風なことを考えていたら、どうも悪い考えによって精神的な毒気が体中にまわり、片頭痛をこじらせた。英語で子供の喧嘩の際の決まり文句に「sticks and stones may break my bones but words can never hurt me. ([意訳]口で何を言っても、暴力を振るわれなければ痛くない)」というのがあるけれど、しかし毒気を含んだ言葉も相当に人を傷つけるものであろう。
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by muzina-giku | 2011-04-10 00:44 | 雑記

斬るものなんでもヤワラカ仕上げ
by muzina-giku
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